大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)1871号 決定

申請人

小川雅文

右代理人

樺嶋正法

新谷勇人

被申請人

松下電器産業株式会社

右代理人

松本正一

橋本勝

森口悦克

主文

被申請人が昭和四四年一二月九日申請人に対してなした休職処分は、昭和四五年四月二七日以降その効力を仮に停止する。

被申請人は申請人に対し昭和四五年五月以降毎月二五日限り就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金を仮に支払わねばならない。

被申請人は申請人が、休職、始業前、終業後の各時間を除く現実の就業時間中に作業現場に立入ることを除く限度において門真市松葉町二番一五号所在の被申請人会社電機事業本部構内に入構するのを妨げてはならない。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用はこれを五分し、その一を申請人、その余を被申請人の各負担とする。

理由

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人

1、被申請人(以下、会社ともいう。)が昭和四四年一二月九日申請人に対してなした休職処分はその効力を仮に停止する。

2、被申請人は申請人を就業規則その他の定めるところに従つて他の従業員と同様に取扱わなければならない。

3、被申請人は申請人に対し金七万一、七八五円およびこれに対する本申請書送達の日の翌日から右完済まで年五分の割合による金員を仮に支払え。

4、被申請人は申請人に対し昭和四五年五月以降毎月二五日限り就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金を仮に支払わねばならない。

5、被申請人は申請人を就業規則その他の定めるところに従つて就労させなければならない。

6、被申請人は申請人が門真市松葉町二番一五号所在の電機事業本部構内に入構するのを妨げてはならない。

7、申請費用は被申請人の負担とする。

二、被申請人

1、申請人の申請を却下する。

2、申請費用は申請人の負担とする。

第二、争いのない事実

一、申請人が昭和三八年三月会社に雇用されて後、電機事業本部電機事業部製造部に勤務し、現に同部生産技術課治工具係に所属し現職L3クラスとして本給三万五、六〇〇円の賃金の支払いを受けていたこと。

二、申請人が昭和四四年一一月一六日午後四時頃東京都大田区蒲田四丁目四九番地所在の京浜蒲田駅構内において兇器準備集合罪および公務執行妨害罪の現行犯として逮捕され、引き続き勾留の後同年一二月八日東京地方検察庁から東京地方裁判所に起訴され、昭和四五年四月二七日に初めて出社したこと。

三、会社の就業規則五五条一項七号に「本人の非行によつて刑事事件に関し起訴される必要あるときは判決確定までの期間休職される」旨の定めがあること。

四、会社が昭和四四年一二月九日申請人に対し前記二の事実は同三の就業規則の条項に該当するものとして休職処分に付し、その通知は昭和四五年一月二一日申請人に到達し、同年四月二七日休職辞令が申請人に交付され、その後会社は申請人の就労を拒否し、生産現場への立入りを拒否していること。

五、申請人の昭和四四年一一月の本給、職務加給、通勤手当の合計額が金四万二、四一四円であり、会社が申請人に対し支払つた賃金が同年一二月分として金四、一九五円、昭和四五年一月分として金一万五、九四一円、同年二月分として金一万七、六一九円、同年三月分として金二万三、五〇三円、同年四月分として金二万六、〇二一円、追加支給分として金二万〇、一六二円で、その合計が金一〇万七、四四一円であること。

第三、争点(申請人の主張)

一、休職処分の無効

本件にみられるいわゆる起訴休職処分は職場秩序維持に必要な範囲内でのみ規範としての効力を有するにすぎない。したがつてその起訴事実も労働者の職場内における犯罪に限られるべきであり仮に職場外における犯罪行為に及ぶとしても、それは職場秩序に重大な影響を持つ強盗または婦女暴行といつた破廉恥犯に限定されるものであつて、職場外における政治的信条に由来する公安事件を含むものではない。本件は佐藤訪米阻止闘争に参加した申請人の行為を起訴したもので、いわゆる公安事件に属するものであり、これが会社の就業規則五五条一項七号所定の起訴休職事由に該当しないことは明らかであるから、会社が申請人に対し右条項を適用してなした本件休職処分はその適用を誤つたもので無効である。そうだとすると申請人は右休職処分の無効確認とともに、会社に対して右処分期間中申請人を就業規則その他の定めるところに従つて他の従業員と同様に取扱うべきことを求める権利を有する。

二、賃金等請求権

申請人が会社から支払われるべき賃金は昭和四四年一二月九日から同月一五日までの分として金九、五七〇円、同月一六日から昭和四五年一月一五日まで、同月一六日から同年二月一五日まで、同月一六日から同年三月一五日まで、同月一六日から同年四月一五日までの分としていずれも金四万二、四一四円で、その合計は金一七万九、二二六円であるところ、申請人は右期間中合計して前記のとおり金一〇万七、四四一円の支払いを受けただけで、金七万一、七八五円についてはこれが未払いであるから、会社に対し右金額およびこれに対する本申請書送達の日の翌日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求権ならびに同年五月以降毎月二五日限り就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金の請求権を有する。

三、就労請求権

会社の申請人に対する本件休職処分は無効であるから、申請人は会社に対し雇用契約上の権利として就業規則その他の定めるところに従つて他の従業員と同様就労すべき権利を有する。

四、入構請求権

申請人は会社に対し、前記休職処分の無効により、従業員として、また労働組合の組合員として、職場である門真市松葉町二番一五号所在の会社電機事業本部構内に入構する権利を有する。

五、必要性

申請人は本件休職処分によつて基本賃金の六割しか支払われず、また一時金がすべて支払われないので生活に支障を来し、更に右処分によつて就労が拒否され、また入構も拒否されているため、就労ができないことはもとより職場からの隔離によつて組合活動が事実上不能となつているものであるから、本案判決の確定を待つていては回復できない損害を蒙る。

第四、判断

一、休職処分の効力について

(一)、私人間の労使関係におけるいわゆる起訴休職制度は次の理由からその合理性を認めることができる。

1、起訴は、刑事訴訟の手続からみると有罪判決のあるまでその事実について無罪の推定を受けるが、社会的にみると起訴事実のうち大半が有罪となつている刑事裁判の実情からして犯罪の嫌疑が相当程度客観化したものとの評価を免れず、したがつてその社会一般に及ぼす影響を無視することができない。これを私企業内部における労使関係としてみると、起訴事実の種類、態様と被告人である従業員の企業内における地位および担当職場とのかかわり合い如何によつては、起訴ということそれ自体からして対外的には企業の信用を失墜し、対内的には職場秩序の維持に障害を及ぼす事態を生じ得るのであるから、右対内外両面に及ぼす悪影響を阻止し、かつ企業の社会的責任を明確にする意味からして、当該従業員を暫定的に企業から排除する必要性を生ずる場合があるものということができる。

2、また起訴は、略式命令の請求によつてなされ通常の公判審理に移行しない場合を除き、その余はじ後の公判審理を伴うものであり、軽微な犯罪あるいは審級によつては被告人に出頭を義務づけていない場合もあるが、特に一審においては、身柄拘束の有無はともかくとして、原則として公判期日における出頭を義務づけているのであるから、右拘束の場合においてはいうまでもなく、不拘束の場合といえども右出頭に当つて、企業は当該従業員からの労務の提供を期待できない状態となり、仮に従業員において年次有給休暇を使用するとしても使用者としての時季変更権の行使に重大な制約を受ける結果となることからすると、労働力の適正な配置を基礎として行われる企業活動の計画と施行とに障害をもたらす結果となるものである。したがつてこの点からしても企業は右労務の確実な受領を期待できない状態の継続する公判審理の期間中、当該従業員を暫定的に企業から排除する必要性を生ずるものということができる。

(二)、しかしながら、その運用に当つては次の点が考慮されなければならない。

1、およそ起訴された事実であつても、それが企業内におけるものであるか否か、従業員の職務に関連するものであるか否か、いわゆる破廉恥犯に属するものであるか否か、等の区別に従つて、企業内における職務に関連した破廉恥犯に属するものから、企業外における職務と関係のない非破廉恥犯(形式犯を含む。)に属するものまでの間に数多くの態様が考えられるのであつて、その程度如何によつては起訴の企業に対する影響に差異を生ずることはいうまでもない。そして企業内における職務に関連した破廉恥的な犯行によつて起訴がなされたものであるとすればそれが職場秩序に与える影響はかなり重大であるから、そのことだけの理由で休職の措置は十分に合理性があるものと考えることができるのであるが、これとは対蹠的に企業外における職務と無関係な非破廉恥的な犯行によつて起訴されたものである場合には右措置の合理性を即断することはできない。もつとも企業が社会から孤立することはできず、これと多様なかかわり合いの下に存在しているものであることからすると、少なくともその従業員が犯罪の嫌疑を受けしかも起訴という事態に至つたときは、それがどのような種類、態様のものであるにしても、その程度はともかくとして企業の対外的信用と職場秩序の維持に何らかの影響を及ぼすものであることは否定できない。しかしながら起訴休職制度は懲戒権の行使とともに企業の従業員に対する不利益処分であることからすると、起訴という事実によつて企業の対外的信用の保持と職場秩序の維持とに何らかの影響を及ぼすことがあつたとしても、これを以て直ちに休職処分の合理性を認めることはできず、その程度に応じた条理上の制約は当然存在するのであつて、微細な影響をとらえて休職処分の根拠とすることはできない。特に近代的雇用関係において従業員は就労時間以外は企業の外部において原則として行動の自由を有するものであり、企業において従業員の右私生活上の行動にまで支配権を持ち得ないことからすると、起訴事実が職務と無関係な非破廉恥的なものである場合、右制約はかなり慎重に定められなければならないものと解する。

2、次に、右制約を考慮するに当つては当該従業員の企業内の地位、職務の内容を軽視できない。およそ企業内でその名誉と信用とを象徴するような地位にある者ないしはそれに準ずる者であつた場合においては、起訴事実が企業外における職務と無関係な非破廉恥的なものであつたとしても、その企業内外に及ぼす影響の大きさはその他一般の従業員の場合とは比ぶべくもないものと考えられるから、その従業員に対して休職処分に付する合理性を肯認し得るであろうが、単に機械的肉体的な労務を提供するにすぎない末端の従業員である場合、これを企業の信用の保持と職場秩序の維持という観点に限定してみる限り、起訴ということだけから直ちに休職処分に付して暫定的に企業から当該従業員を排除する合理性を認め得ない。

3、右の見解は、起訴に伴う労務提供の不確実性を根拠とする起訴休職制度の合理性の判断にも妥当する。起訴が身柄拘束のままなされ、しかも保釈請求が却下されることによつて、公判審理が身柄拘束のまま行なわれる蓋然性の強い段階に至つた場合においては当該従業員がどのような地位、職務内容の者であろうとも起訴休職処分の合理性は肯認せざるを得ない。これに対し公判の審理が身柄不拘束のまま行なわれる見通しとなつた時点においては当該従業員の労務の不提供は専ら公判出頭の場合に限られ、しかも右公判は一応の計画に従つて進められその状況を被告人側において予測することも概ね可能な状態となるものであるから、企業も従業員の公判出頭による労務不提供の状況を概略把握することができるものである。しかしながら従業員の地位、職務内容によつては非代替的要素の強いものもあるのであつて、そのような場合企業においてその労務不提供の状況を予測し得たとしても、将来に亘りしかも継続して右状況に対処して行くことは業務の遂行を著しく困難にするものであるが、従業員の地位、職務内容が単純かつ機械的なもので代替が容易なものにあつては、右状況に対処する方法がさほど困難であるものとは認められない。況や労働者には年次有給休暇が与えられるものであり、右休暇によつて公判出頭の大半がまかなわれるような場合においては、従業員の公判出頭による労務の不提供に基づいて企業に与える影響はほとんどないものと考えられる。

(三)、これを本件について考えてみる。

1、前記当事者間に争いのない事実に併せて一件記録によると、本件会社は資本金は三八一億余円、従業員約五万名を以て全国各地に工場、営業所を設置し各種家庭用電気器具を主とする電気製品の製造販売を業とする弱電関係ではわが国有数の企業であり、申請人は昭和三八年三月会社に雇用され、現に電機事業本部電機事業部製造部生産技術課治工具係に勤務する現業工員であり、河北地区反戦青年委員会の構成員として、中立労連傘下の電機労連に加盟する会社の労働組合の組合員としては少数派に属し、かねて右組合で主導権を掌握している主流の執行部に対して激しく対立抗争してきた者であるが、昭和四四年一一月一六日佐藤首相の訪米に際しては、これが沖繩の本土復帰と引換えにベトナム参戦国への道を進み米国とともにするアジアの侵略体制づくりを決定づける日米首脳会談に臨むものであるとの認識から、これを阻止するために行動を起こした反戦青年委員会の一員として上京し、過激派学生集団とともに右行動に参加し、同日午後四時頃東京都大田区蒲田四丁目四九番地所在の京浜蒲田駅構内において警察機動隊と衝突した結果、兇器準備集合罪および公務執行妨害罪の現行妨害罪の現行犯として逮捕され、引き続いて勾留の後同年一二月八日東京地方検察庁から東京地方裁判所に起訴された。会社は同月九日右起訴の事実を知つたが、会社の就業規則五五条一項七号に「本人の非行によつて刑事事件に関し起訴され必要あるときは判決確定までの間休職させる」旨の定めがあるところから、同日右事実は右就業規則の条項に該当するものとして申請人に対し休職処分をなし、その通知は昭和四五年一月二一日勾留中の申請人に到達した。申請人は同年四月九日保釈されて翌一〇日帰宅し、静養の後同月二七日出社したところ、会社は申請人に対し右休職の辞令を交付するとともに、その就労を拒否し、生産現場への立入りを禁止し、その工場敷地への入構をも禁止するに至つたため、申請人は右休職処分の無効を理由として就労のため生産現場に立入り、また構内に事務所を有する労働組合の組合員としても入構する権利のあることを主張したが、会社は休職処分に基づく就労の拒否に加えて組合の要請のない申請人の組合事務所立入りのための入構は許可する必要はないとする見解に従つて右主張を容れなかつた。そこで申請人は同年六月三日所属の河北反戦青年委員会の支援を得て強行入構を企て、これを阻止しようとする会社側警備員および職制との間に衝突を生じたが、会社はその際懲戒事由に該当する行為があつたとして、同年七月二九日申請人を一〇日間の出勤停止に処するとともに、申請人の行動を支援した従業員二名を懲戒解雇、一名を一〇日間の出勤停止にそれぞれ処したこと等の事実が疎明される。

2、右事実によると、会社が申請人を休職処分にした事由は、申請人が昭和四四年一一月一六日に行なわれたいわゆる佐藤訪米阻止闘争に際しての行動に関して起訴されたことにあることは明らかであるから、右は企業外においてしかも職務と無関係になされたものということができ、しかも右起訴事実が極めて政治的かつ思想的な動機に由来するものであつて、その具体的現象面がどうあろうともすぐれて確信犯的なものであつて、およそ破廉恥犯という概念にはあてはまらないものである。ところで、右性格を有する事実の起訴について会社はどのような対処をなし得るものであるかについて考えてみるに、申請人が前記のとおり大企業である本件会社の一現業工員であるにすぎない点からすると、右起訴の段階でその事実だけによつて会社の対外的信用が特に毀損されたものとも考えられないし、またこのことによつて職場秩序の維持に重大な障害を生ぜしめたものとも認められない。現在労働者の政治的信条は著しく多極化し、特に青年労働者の場合その傾向は顕著であつて過激な政治的行動に走る者も多く、昭和四五年六月二三日の日米安全保障条約の改定期に至る二、三年の間その行動が著しく激化していたことは公知の事実である。そしてこれはまさしく国の内外の政治情勢の変動に伴うものであつて、およそ個別資本としての企業自体とは直接的なかかわり合いはなく生起している現象であり、本件起訴にかかる事実もこのようなものの一つとして理解することができる。そして更に、雇用契約が労働者の提供する労務と使用者の支払う報酬とを対価関係にかからせる双務契約であつて、そこに労働者の使用者である企業に対する全人格的な従属関係のないことからすると、企業は、原則として、労働者の企業外における職務と関係のない行為について干渉する権利を有しない反面、仮に労働者に右の意味における反社会的行為があつたとしても、このことについて社会に対し責任を負うべき筋合は存しないものといわねばならない。これらの点からすると、本件起訴にかかる申請人の行為がまさしく右にいう特殊な社会的、政治的情勢の下において就業時間外に企業の外で職務と関係なく行なわれたものであり、しかも申請人が単純な作業に従事する末端の一青年労働者にすぎないこと等既に認定の事実からすると、会社は本件起訴について社会に対し格別の責任を負担する必要を認め得ない場合に当るものということができる。そしてこのことは近代的労使関係の理念の一つとして会社の内外から一応の承認を得ている事理に属するものと認められるから、右起訴の事実は叙上諸般の事情に照らし会社とは格別かかわり合いのないものということができ、したがつてこのことによつて会社の対外的信用が毀損され、職場秩序の維持に支障を生ずべき事態を招来したものとはたやすく認められない。

3、してみると、会社が本件起訴の事実によつて申請人を無条件に休職処分にしたことは右処分を定めた就業規則五五条一項七号の適用を誤つたものといわなければならない。しかしながら申請人は起訴後昭和四五年四月八日まで勾留され、同月二七日出社して会社に対し労務の提供をしたもので、右勾留期間中は現実の労務の提供は不能であり、かつ右起訴の時点において勾留期間は一応二カ月と定められているものの更新の可能性も否定できずその終期を予測し難い状況にあつたものであるから、勾留継続の期間中に限り申請人を作業系列の中に組み入れ会社の生産力を構成することは不能な状態にあつたものにして、このことは会社の正常な運営に支障を生せしめるに足るものというべきであり、したがつて右期間について申請人を休職処分に付する合理的根拠を認めざるを得ないが、保釈によつて右勾留を解かれた以後においては、申請人は公判期日に出頭すれば足り、前記のとおり右起訴が東京地方裁判所に対してなされているところから、その出頭のためには上京しなければならないとしても、現在の交通機関の状態からすると、右一期日の出頭には一日の休職で足ることはもはや公知の事実であり、しかも一件記録によると右公判期日は相当な期間を置いて順次開かれていくものであり、その出頭のためには年次有給休暇を以てほとんどがまかなわれ、公判進行の予測もある程度可能となつていることが疎明されることからすると、会社が申請人の公判出頭のためにする有給休暇の請求に時季変更権を行使する余地のないことはもとより、仮に届出欠勤をしたとしても右程度では申請人の地位および職務内容からして会社の正常な運営にはほとんど影響を及ぼすものでないことはむしろ明らかであるから、この点からする本件休職処分の合理性は保釈後申請人において労務の提供をなし得るに至つた時期以後においては消滅しているものといわざるを得ない。

(四)、以上のとおりであるとすれば、会社の申請人に対してなした本件起訴休職処分は、申請人が勾留され、かつそれに伴う申請人側の事情によつて会社に対して労務の提供をなし得なかつた間に関する限りにおいて有効であるものということができるが、それを超えてなされた部分については会社の就業規則五五条一項七号所定の起訴休職の規定の適用を誤まつたものとして無効というべきである。したがつて本件起訴休職処分については昭和四五年四月二六日までの間においては有効であるが、翌二七日以降は無効であるから、申請人は同日以降の休職処分についての無効確認とともに、会社に対し右無効期間中申請人を就業規則その他の定めるところに従つて他の従業員と同様に取扱うことを求め得べき権利を有するものと認めることができる。もつとも、休職処分についてはそれが法律関係の発生、消滅の前提となる法律事実にすぎず法律関係ではないから、無効確認の対象とすることはできないとの見解があるが、基本的な労働契約関係から派生する個別的権利関係において右見解は当るとしても、これを包括した継続的法律関係としての右基本的労働契約関係においては、休職処分の無効を確認することによつてこれに基づく紛争の抜本的確定的な解決を図り得ることを否定できない以上、右休職処分が厳密な意味においては法律事実にすぎないとしても無効確認の対象とするに支障はないものと解する。

二、賃金等の請求権について

(一)、申請人の昭和四四年一一月の本給、職務加給、通勤手当の合計額が金四万二、四一四円であること、および会社が同年一二月九日申請人を起訴休職にした日から昭和四五年四月一五日までの間の賃金、手当等として支払つた金額が追加支給分を合わせて合計金一〇万七、四四一円であることは当事者間に争いがない。申請人はその間に休職処分がなかつたならば会社から支払われるべき賃金の合計額は金一七万九、二二六円であるとして、その差額金七万一、七八五円とこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求権を有する旨主張するが、一件記録によると会社は右期間中申請人に対し起訴休職による賃金として通常の賃金の六割を多少超える金員の支払いをしている事実が疎明される。ところで右休職処分が無効であり、かつ申請人がその間労務の提供をしていたものであるとすれば、会社はその間申請人に対し賃金全額の支払いを免れないものであるが、本件起訴休職処分は前記のとおり右期間中は有効であり、しかもその間申請人は勾留およびこれに基づくその後の事情によつて労務の提供をなし得ない状態となつていたもので、少なくとも会社の責に帰すべき事由によつて右提供が不能となつたものではないから、会社はこのような場合原則として申請人に対し賃金の支払義務を負わないものというべきである。しかしながら会社は申請人に対し生活保護の観点から、会社の責に帰すべき事由による休職手当でさえ六割であるのに、これを上回る手当を支払つている事実が疎明されるのであるから、これを超えて右期間中の全賃金の支払いを求める申請人の請求はとうてい認めることができない。

(二)、会社の申請人に対してなした本件起訴休職処分は昭和四五年四月二七日以降無効であるところ、会社は同日以降申請人において労務を提供して就労を求めているにもかかわらずこれを拒否するものであるから、申請人は会社に対し同日以降就業規則その他の定めるところに従い算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金等をそれぞれ所定の日(賃金については毎月二五日)に支払うよう請求すべき権利を有するものと認めることができる。

三、就労請求権について

雇用契約は、既に述べたとおり、労働者の提供する労務と使用者の支払う報酬とを対価関係にかからせる双務契約であり、労働者の労務の提供即ち就労は義務であつて権利でないから、個別的雇用契約あるいは労働協約等に特別の定めがある場合、または労務の性質上特別の合理的利益を有する場合を除いて、労働者に就労請求権はないものと解すべきである。ところで本件において申請人については右各場合に該当する事実を認めることができないので、右権利はこれを認め得ない。

四、入構請求権について

申請人を会社の従業員としてだけの立場からみると、本件起訴休職処分以来会社から就労を拒否されているものであるから、前記のとおり申請人に就労請求権がない以上、仮に右処分が無効であるとしても、事業場への入構請求権を否定せざるを得ない。しかしながら、一件記録によると、申請人は会社の従業員であるとともに右従業員で組織した労働組合の組合員であり、本件起訴休職処分によつて組合員としての資格には何らの影響をも受けていない事実が疎明されるから、右組合員としての立場において会社に対しその資格に基づく権利を主張できるものといわねばならない。ところで更に一件記録によると、申請人の所属する労働組合は企業内組合であるから、その組合員としての活動の場所的範囲も原則として会社内であり、申請人が現実に配置されている電機事業部製造部生産技術課治工具係は電機事業本部構内にあり右構内に組合電機支部の事務所が設置されている事実が疎明されるので、申請人は会社から就労を拒否されていると否とにかかわらず組合員としての地位に基づき右構内に入構する権利を有するものと認めることができる。そして右入構権の範囲は、組合員としての権利の行使が所属組合内部における同調勢力の拡大にも及び、そのためには組合員との接触を不可欠の要件とすることを考慮するとき、就業時間中における他の従業員の職務専念義務を侵さない限度において認められるものであつて、単に組合事務所を使用する限度において認められるものとは考えられない。もつとも起訴休職処分が有効である場合には右処分が会社内において起訴された従業員と一般の従業員との接触の遮断を目的とする一面のあることを否定できないので、前記組合員としての権利の行使もその点からの制約を受け入構権の範囲も組合事務所の使用の限度で認められるにすぎないものと考えられるのであるが、本件においては既に認定のとおり会社の申請人に対する起訴休職処分は昭和四五年四月二七日以降無効であるからその入構権の範囲も前記のとおり就業時間中における他の従業員の職務専念義務を侵さない限度において認められるものであつて、これを具体的にいえば、少なくとも休憩および始業前、終業後の各時間を除く現実の就業時間中に作業現場に立入ることを除く限度において認められるべきものといわねばならない。

五、必要性について

してみると、申請人には、(1)昭和四五年四月二七日以降本件起訴休職処分の無効確認を求める権利、(2)その無効によつて会社に対し就業規則その他の定めるところに従い他の従業員と同様に取扱うべきことを求める権利、(3)会社に対し同年四月二七日以降就業規則その他の定めるところに従い算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金等をそれぞれ所定の日に支払いを求める権利、(4)会社に対し申請人が休憩、始業前、終業後の各時間を除く現実の就業時間中に作業現場に立入ることを除く限度において門真市松葉町二番一五号所在の電機事業本部構内に入構することの妨害禁止を求める権利を有するところ、一件記録によると、申請人は本件休職処分によつて基本賃金の約六割しか支払われず、また一時金もすべて支払われないので生活に支障を生じ、更に右処分によつて入構が阻止され職場から隔離されることによつて組合員としての活動にも支障を生じている事実が疎明されるから、本案判決の確定に至るまで、(1)の権利について仮の地位を定める必要がある。(2)の作為を求める権利についてはこれが直接強制をなし得ないものであるうえ本件申請においては(1)の権利に基づき会社に対し抽象的にその義務の任意履行を求めるものにすぎないから仮処分の必要性を認めない。(3)の作為を求める権利についてはこれもその金額を特定していないので直接強制をなし得ず(2)と同じく任意履行を期待するものにほかならないが、(2)と異なりより具体的な権利を主張するものであるから(1)に加えて作為を命ずる仮処分の必要性がある。(4)の権利については会社に対し不作為を命ずる仮処分の必要性がある。

第五、結論

以上のとおりであるから、申請人の本件申請中、会社に対し本案判決の確定に至るまで、本件休職処分について昭和四五年四月二七日以降その効力を仮に停止すること、同日以降就業規則その他の定めるところに従い算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金等をそれぞれ所定の日に仮に支払うこと、申請人が休憩、始業前、終業後の各時間を除く現実の就業時間中に作業現場に立入ることを除く限度において会社の電機事業本部構内に入構することの妨害排除を求める範囲内においては正当であるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当であるから却下することとし、申請費用の負担につき民訴法九二条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(高田政彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例